渓斉英泉 華厳滝

岩場から見下ろす人がいます。後ろの人は落ちないようにつかんでいるのでしょうか?

それとも冗談で押しているのでしょうか?

ユニークな光景です、心情は現在の滝マニアといささかも変わらないでしょう。

この絵では様々な水の表現していて、ただただうっとりするばかりです。

写真ではとてもこんな風にはゆかないですよね。

この画像だけリンクしています



人物部分を拡大





さて観瀑位置を考察してみます。まずは現在の写真と絵の落口アップです


現在の落口

絵の落口



左上画像は現在の駐車場がある観瀑所から見ています。ほぼ落口の高さと同じなので観瀑位置図ではBから見ている事になります。



右上の絵は若干下から見ているようなので。右図ではB’からとなるでしょう。

観瀑位置図




今度は上部を切り取って滝つぼ周辺を見てみます。なんとなく目の高さは滝つぼ周辺にあるように思いませんか?観瀑位置図だとC〜Dで見ている感じです。何故でしょうか




理由の一つ左右の岩場は見下ろして描いているものではなく明らかに手前からですね。



そして注目点は滝の形が台形になっている事です。


実際の滝は多少広がっては落ちるものの見下ろせば細長い長方形の(写真)はずです。

絵の滝は滝裾が広がりすぎていて長さもかなり短かく明らかに下から見上げた形となっています。それなのに落口上の流れもちゃんと見えているのが不思議です。





再び人物に注目してみます。岩場は実際の方が急角度なのがわかります。とても冗談で押すような場所ではないはず、したがって2番目の人は落ちないように捕まえているのが正しい解釈でしょう。人物は背中がほとんど見えていませんつまり上からではなく正面から描かれているのがわかります。もし下から見上げているならもっと胸やお腹部分が見えても良いはずです。




このように細部を見て行くと、この絵は遠近法を使う事無く「観瀑位置が一点に定まっていない」というのが特徴なのではないでしょうか?

落口を見ると落口と同じ高さから観瀑したように見えます
人物を見ると人物と同じ高さから見たように見えます
滝つぼ周辺も同様です
本来90m上からでは飛沫で滝つぼはほとんど見えないはずです(実際現物はそうです)

つまり1枚の絵は最低でも3箇所から観瀑した様子を描いているわけです。写真だったらありえないことです



江戸絵師の感性はすご過ぎます